『勝手に最終回「206便消滅す(後編)」』


 眠っている棟方の傍らに立つ溝呂木。
 その溝呂木の元へ、『魂の井戸』から棟方を救出に来た九鬼子達が辿りつく。
 しかし、溝呂木の霊力により、九鬼子以外の三人は幻術に囚われてしまう。

   *   *   *   *   *

「おまえはまた性懲りもなく」
「待っていましたよ、九鬼子さん。棟方教授はあなたを呼ぶのに充分なエサになってくれましたね」
「あ、あれ。何かいつもと調子が違うな」
 普段ちょっかいを出してくる溝呂木との雰囲気の違いを、敏感に感じ取る九鬼子。
「あなたの大事な教授はここに居ますよ。さあ、取り返したらどうです」
「お前・・・誰だ?」
 九鬼子の体に緊張が走る。
「いやだなぁ、あなたを慕いつづけるミゾロギですよ」
「何が目的なんだ?」
「やはりあたなを諦める事はできなくてね。力ずくでもあなたを頂きます」
「・・・おちゃらけはもうお終いと言う事か」
「初めて会った頃を思い出しますね」
「あたしもお前の本性を忘れる所だったよ。所詮はバイキン野朗か」
「いきます」

 両手を広げた溝呂木から闇が吹き出し、九鬼子を包み込む。
 九鬼子は闇を打ち消そうとするが、九鬼子を包み闇は更にその暗さを増す。
 タカをくくっていたわけではないが、溝呂木の強力な闇に九鬼子は驚愕する。
 闇に自由を縛られた九鬼子は、懸命に束縛から逃れようとする。
 九鬼子を飲み込んだ闇のわだかまりを前に、溝呂木は思案顔になった。
 闇の中に九鬼子が居るという事は、この手に入れたと同じ事。
 この広げた両手を閉じれば、九鬼子を自らの中に取りこむ事が出来る。
 だが、闇に飲まれ、影の一部になった九鬼子を僕は望んでいるのか。
 自問するまでもなかった。答えは出ている。
 強く光り輝く九鬼子に惹かれているのだと棟方教授にも言ったじゃないか。

「ままならないね。所詮相容れぬ存在なのか」

 苦笑を浮かべる溝呂木の胸に、不意に狂おしい想いが湧き上がってくる。
 しょせん手折れぬ華ならば、散らしてしまうのに何の躊躇がいると言うのか。
 この手を閉じ、九鬼子を闇に落としてしまえと囁く自分がいる。
 それは、どうにもあがらい難い甘美な誘惑だと、溝呂木は思った。
 その時、溝呂木の顔に、どこからともなく投げ捨てられた煙草が押しつけられる。
 不意に力の弱まった闇から九鬼子が抜け出し、溝呂木にロケットパンチを食らわす。
 肩で息を切らしながら、九鬼子は倒れた溝呂木を見下ろす。

「やはりあなたは僕の手には入らないか」

 九鬼子の敵意をみなぎらせた瞳を、それでも美しいと溝呂木は思った。

「さようならです、九鬼子さん」

 仁王立ちになった九鬼子を見上げてそう告げると、溝呂木は闇の中にまぎれ去った。

   *   *   *   *   *

 涼一たちが幻術から目を覚ますのも構わず、九鬼子は棟方へと駆け寄る。
 気を取り直したさゆりと那由子も棟方の元へ向かう中、涼一だけが立ち去ろうとする人影に気がついた。

「あの、あなたは確か・・・」
「やあ、また会ったな。もう会う事もあるまいが」
「え?」

 黒い天使が九鬼子に視線を向けたので、山岸もつられて顔を向ける。

「しかし、あの男もわざわざ自分の芽を摘まないと諦められないとは、まだまだ甘チャンだな」
「あの男ってミゾロギの事ですか? それにもう会う事はないって?」
「九鬼子は俺の手を離れた。ならばこれ以上居るのは野暮というものだ」
「あの、僕、よく判らないんですが、九段先生に黙って帰っちゃうんですか?」

 山岸の問いに、黒い天使がフッと笑った。

「だからそれが野暮というものだよ」

 その笑顔はひどく淋しげだと、山岸は感じた。

「ん、顔に出たか? 俺もまだまだ甘いという事か」

 そう笑って、黒い天使は煙草へと火をつけた。


written by 蒼牙

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