学校怪談勝手に最終回〜蒼牙さんばーじょん(三部作)
初めて彼に出会ったのは夜の街だった。
九段君と再会してから、二度目の逢引の後だった。
九段君をタクシーに乗せた後、私は何故かフラフラと路地裏に入っていた。
その路地裏に彼はいた。
「失礼、棟方教授ですね」
「ああ、そうだが。君は?」
「ミゾロギとでも呼んでください」
「ミゾロギ君か。それで私に何の用かな」
「九段九鬼子について」
「九段君? 九段君がどうかしたのかね?」
「どうかするもしないも教授次第ですが」
「私次第? どういう事かね?」
「残念ながら、あなたの方が九鬼子に対する強力なカードを多数お持ちのようだ」
「?」
「僕のこのカードがただのピエロなのか、それともジョーカー足り得るのか。
いささか不安ではありますが」
「失礼だが、君が何を言ってるのか理解に苦しむ」
「要は宣戦布告ですよ」
「なに?」
「今夜は顔見せです。またお会いしましょう」
「待ちたまえ」
「・・・なにか?」
「君は・・・」
「遠慮なさる事はありませんよ、教授」
「君は、九段君にとって為にならないかも知れないと感じてね」
「・・・恐らくはそうでしょう。では、いずれ」
暗がりの中、よくは判らなかったが彼が寂しげに笑ったような気がした。
* * * * *
次に彼と出会ったは空港だった。
見送りの九段君と別れた後、ゲートに向かう途中に彼はいた。
「またお会いしましたね、教授」
「君は、確かミゾロギ君といったか。君については聞きたい事がある」
「何でしょう?」
「私は君を知っている。だが君と別れた後、私は君を忘れているふしがある」
「そんな些細な事はどうでもいいじゃありませんか」
「些細。ふむ、些細かも知れないな」
「それより、どうやら僕は教授を見誤っていたようですね」
「どういう事かね?」
「いくら強力なカードを持っていようとも、教授が胸に想うのは奥様だと過信していました」
「君は妻を知っているのかね」
彼の口から妻の事が出てきて、いささかびっくりした。
「残念です。教授の胸から奥様が去ってしまった事が」
「私にも幸せになる権利があると思うのだが」
「もちろんです。そして僕にだって幸せになる権利があってもよいでしょう」
彼は微笑をたたえながら、私にささやいた。
寒気を感じるのは、空調の調子が悪いせいだろうか。
「何が言いたいのかね?」
「教授が消えてくだされば、それに越したことはありませんが」
「・・・」
「ご心配なく。僕は野蛮な事は嫌いですから」
「それは結構」
「ミスカトニック大学へ行かれるのですよね」
「ああ、そうだが」
「アーカム、インスマスにダニッジ・・・どうぞ素敵な旅を。
わざわざ見送りに来るとは、僕も酔狂なことだ」
彼が口にした地名は、どこか不安を感じさせる響きがした。
* * * * *
次に彼と出会ったのは、国際線206便の中だった。
「快適なフライトを楽しんで頂いておりますかな、棟方教授」
「!?」
「わたし、機長のミゾロギです。操縦はおまかせ下さい」
「君か。機長になりすまして、どうするつもりなのかね」
「ご心配なく。別に落ちたりしませんよ。ところで帰ってきてしまいましたね、教授。
あのままアメリカに永住でもしてくだされば良かったものを」
「それは出来ない相談だね」
「でしょうね。さて、実は僕はカウンセリングを受けた事がありましてね」
「ほう」
「カウンセラーが言うには、僕は好きな相手に嫌われてヒドイ目に会う事を心の底で望んでいるらしいのです」
「なるほど。それで?」
「教授を消して、九鬼子に生涯憎まれつづける。これはこれでなかなか魅力的だ」
「・・・本気かね?」
「・・・所で、九鬼子が心に闇を抱えているのはご存知で?」
「知っているよ。しかし、人は何かしら心に闇を持つものだろう」
「確かに。そして九鬼子は深い闇を持つからこそ、強く光り輝いてると言ってもいいでしょう」
「闇を知るからこそか」
「そうです。そして僕はそんな九鬼子に惹かれて仕方ないのですよ。
しかし教授を失うと、闇は九鬼子を喰らい尽くしてしまうかも知れません」
「・・・」
「良かったですね、教授。命拾いできそうですよ」
「結局、君は何をしに現れたのかね?」
「フッ、何も。何も出来ないから教授に嫌がらせをしに来ただけです」
「その甲斐はあったようだ。お陰で冷汗をかいた」
「・・・・・・」
「どうかしたのかね?」
「しかしながら、やはり僕も出来る事はやっておきましょう」
「何をかね?」
「さあ、素敵な場所へご案内しましょう。
あなたはこれから不思議な時間と空間の中に入っていくのです」
彼がそう告げると、急に睡魔が襲ってきた。
何を思う間も無く、私は眠りに落ちていった。
To Be Continued
(『勝手に最終回「206便消滅す(後編)」』へ)
written by 蒼牙