くだんのはは


「牛神と牛人」                   棟方征四郎

牛人と聞いて,まず誰もが思い浮かべるのがクレタ島のミノタウロスの物語だろう。
この,怪物の物語はクレタ島の古い宗教の神が,移民であるギリシア人の征服神話によって歪められたものだと思われる。
かつては牛神を祭る司祭が牛頭の仮面をかぶり,神と一体化することで神託を受け,予言をしていたらしい。
予言する牛人である。

クレタ島から遠く離れたこの日本にも,同じような伝説があるという。これはとても興味深い。
諸君は,「くだん」というものをご存知だろうか?
にんべんに,牛と書いて「件」。
ごく稀に,人もしくは牛から生まれる,牛頭人身または,人頭牛身の生き物で,生まれた時から人語を解し予知の力を有するという。寿命は3日から1週間くらいらしい。凶事の前触れに生まれ凶事の間,予言をしながら生きるという話もある。

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○月×日 晴れ

今日は私の教え子であり,最近私にとって,もっとも興味深い観察対象であるところの,九段九鬼子君(18)から,大変面白い夢の話を聞いた。
以下に彼女が語ったままの話を記す。

多分,そこは小さい頃あたしの住んでた家だと思うんですけどすごく広い,お屋敷で,あたしは迷子になってるんです。
襖を開けても開けても続くものすごく長い座敷や,何度も折れ曲がる,暗い廊下を抜けて,どんどん先に進みました。
「そっちへ行ってはいけない!」って心の中ではわかっているんですけど,体が止まらないんです。

とうとう「あかずの間」の前まで来てしまいました。
あかずの間には祭壇があって,その下には隠し部屋があることも,そのなかが「牢」で「恐ろしい何か」が閉じ込めてある,という事もわかっていたんですけど,あたしは禁を破ってしまいました。

「牢」の中は薄暗くて,高いところにある,明り取りの窓から差し込む月の光で,かろうじて物の形が見えるくらいでした。
こちらに背を向けて,小柄な人が座っているのがわかりました。
「誰かね?」
女の人の声でした。あたしは何故か,お母さん,と思いました。
立ち上がって振り向いた,その女の人の顔は見えなかったんですけど体の形ははっきりとわかりました。
小柄な体に不釣合いな大きな頭。まるで動物のような・・・。

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ええと,こんな感じです。と,九段君は絵に描いてくれた。
後で忘れず,貼付しよう。

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その女の人が振り返ると同時に,その後ろで「異形の者」達が動き出すのがみえました。
「む,いかん。早く立ち去りなさい!」
次の瞬間には,あたしは廊下に倒れていて,隣には竹で編んだ大きな籠があって,ああ,あたしはこの中で寝ていたんだなあと思ったところで目がさめました。
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とても興味深い夢である。竹で編んだ大きな箱・・・葛篭?
それにこの絵のシルエット。
うーん。どこかで見たような。
そういえば,生徒の一人が九段君の書いてくれた絵をみて
「みっきーまうす」とか言っていたが何のことであろう?
マウスというからにはネズミなのだろうが。
九段君に聞いてみなければ。

私がその絵を前に,頭をひねっていると,ノックの音がした。
「入りたまえ」

「あの〜棟方教授・・・」
九段君だ。顔が赤い。風邪でも引いたのだろうか。

「私は助教授だ。良いところに来たね。丁度君の事を考えていた
ところだよ。」

「ええっうれしい!じゃ,なくて,えっと,その,頼まれていた
先生の論文のコピーを,持ってきたんですけど」
顔が真っ赤だ。ろれつも回らないらしい。心配だ。

「論文に,その,先生の日記が混ざってたんですよ。・・・あの,
あたしにすごく興味があるって,その・・・」

「ああ,すまない。同じ読みだから「くだん」の資料と混ざったのだな」

「・・・あたしの事書いた日記が,どーして牛頭のお化けといっしょの
扱いなんですか!!」

「日記?これは観察記録だよ」

「観察・・・記録?」

「君の因果な超能力は,私の知的好奇心をすごく刺激するのだよ。
いずれは,「九段九鬼子観察日記」としてまとめたいと思っている」

「・・・・・・。」

「ところで九段君。この絵のことなのだが・・・」

「教授のバカァ!!!」

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・・・という事があったのだが,今考えてみると,あの時彼女が見た夢は予知夢ではないかと・・・」

「うおおおお!!電撃ぃぃいい!!!」

「ほほほ!甘いわ小娘!!」

・・・。妻も母も,私の話をまったく聞いていなかったらしい。
義母義と娘の縁を感じさせる話で,嫁姑の仲を取り持とうという,
私の作戦は失敗であった。
やはり山岸君を呼んで,止めてもらおう。

「九段の義母」・完

written by はーりー・Q


註:小松左京さんの小説に「くだんのはは」があり,これを読んでいる方には一層楽しめます。また,作中の九段先生と棟方小百合の嫁姑関係,それに対する棟方教授の反応,山岸に仲裁を頼む,等の事は,2000年冬コミで販売されたヨウスケ先生製作の同人誌「学校怪談・KUROKO ひみつの日記」に準じたものです。


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