『夕焼け橋』

 校門を出た所で、双葉は赤く燃える夕焼けに目を向けた。
「奇麗な夕焼け。夏も終わってもうすぐ秋ね」
「フタバ〜〜〜ッ! 秋は、秋は、みんな滅びる真っ赤な秋なのよ〜〜〜!」
「んきゃあああぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 突然、背後から八千華に胸を揉まれて、双葉は思わず仰け反った。
「な、なんなのよ! いったい!?」
「何って。だから、みんな滅びる真っ赤な秋」
「そうじゃなくって。何であたしが、あんたに胸揉まれなきゃならないのよ」
「いやーその、なんとなく・・・っかな?」
「まったくもう。で、何の用なの?」
「そうそうフタバ、一緒に帰ってくんない」
「別にいいけど、どうしたの?」
「いや、ちょっち、変なのにつきまとわれちゃて」
「それって、ストーカーってやつ?」
「まあ、そうかな。この前からずっと嫌な手紙送ってくるのよ」
「それなら九段先生に相談したら」
「えっと、その、するにはしたんだけどね・・・」
「どうしたの?」
「さっきトイレで、東町第一中学校の行かず後家って悪口書いてるの見つかちゃって」
「ハァ〜。何で、あんたはそんなコト書くのよ」
「そんな訳で、先生怒っちゃってどこか行っちゃってさ」
「当然じゃない」
「ね、ね、だから一緒に帰ろう」
「しょうがないわねぇ」

 俺は、橋の真ん中で手摺りにもたれて川を見下ろした。
 夕焼けの中、川が真っ赤になって流れている。
 そうだ。じきに、八千華の細い首からも、こんな真っ赤な血が流れるんだ。
 俺のナイフが八千華の白く細い喉にあてがわれる。
 まだ若い、弾力のある肌の抵抗を受けながら、それでも刃を押し込む。
 と、プツリと抵抗が消えて、そのまま流れるように首を一凪ぎする。
 白い首に赤い筋。次の瞬間、弾けるように鮮血が吹き出す。
 そして八千華は糸の切れたマリオネットみたいに俺の胸に倒れ込む。
 八千華、お前は俺のものだ。

「所で八千華、嫌な手紙ってどんな感じなの?」
「うん。下駄箱に最初は『好きだ』とかってのが入ってたんだけど」
「下駄箱ねえ。うちの学校の生徒なのかしら?」
「さあ?」
「ふぅん、それで返事出したの?」
「うんにゃ、放っといた。だいたい差出人の名前も書いてないんだもん」
「それから?」
「で『君は俺のものだ』なんてのがしつこく続いて、腹立ったから返事書いて下駄箱に入れたの」
「何って書いたの」
「『あんたなんか大嫌い。もう手紙よこさないで』って。そしたら、それからどんどん酷くなって。
今日のは『お前を奪いに行くぞ』なんてのになって、気味が悪いったら」
「へぇ、怖いわねえ」


 俺は八千華が好きだ。何度も何度も、この気持ちを伝えた。
 でも、八千華は判ってくれない。それどころか手酷く俺を嫌うなんて。
 このまま、八千華は誰か他の男のものになるのか?
 そんな事許せるもんか!
 それならば、いっそこの手で。その為にこのナイフも買った。
 八千華が帰りにこの橋を渡るのも調査済みだ。
 俺は、橋の真ん中で八千華を待つ。

「それでヤマギシったらさ、なんでか校庭をグルグルと走り回ってんのよ」
「へえ、なんでだろう。山岸君」
「さあ? 気持ち良さそうに走ってたから、放っといたけどさ」
「ヘンなの」

 来た!
 今日は二人連れか。まあ、いい。その内一人になるだろう。
 チャンスは幾らでもあるさ。とりあえず、二人をやり過ごしてから後をつけよう。
 八千華、もうすぐお前は俺のものになる。
 俺は手摺りにもたれたまま、言い知れぬ高揚を抑える為、深呼吸するように目をつぶった。


[NEXT ] [BACK TO TOP]