アタシはいま機嫌が悪い。
それと言うのも、電池を入れなくても動くオモチャことヤマギシのせいだ。
放課後の教室。ひとり居残った八千華はブツブツと呟いた。
イスに座ったまま、行儀悪く机に足を放り出したりもしている。
アタシみちゃったの。昨日、街で二人がキスしようとしてる所。
フタバは頬を染めて、アタシから見てもとっても可愛らしかったわ。
でも、ヤマギシは何かに気を取られたみたいに惚けちゃって。
結局何もせずに二人は行っちゃったんだけど。
だけど、アタシその場から動けなかった。
追っかけなきゃって思うんだけど、足が凍りついたみたいに動かないの。
「なにブツブツ言ってんだ、八千華?」
「うっひゃあぁ〜〜〜」
突然の背後からの九鬼子の声に、八千華はイスから転げ落ちた。
「おいおい、大丈夫か?」
「セ、センセー。何時から居たの?」
イスに腰掛け直しながら、八千華は恐る恐る聞いた。
「何時からって、見まわりしてたらお前が居たんで声かけたんだが」
よかった、センセーには聞かれてないみたい。
でも何故だろう?
今のセンセーすごく優しそうな顔をしてる。
「こんな時間までどうした、ん?」
九鬼子は八千華の隣の机からイスを引っ張り出して、腰を下ろした。
「お、また降ってきたか」
八千華が九鬼子の視線を追って外を見ると、チラチラと白い雪が降り始めていた。
「雪、昨日も降ったよね」
「ああ、降ったな」
「センセー、ヤマギシとフタバ最近仲が良いよね」
「うん、そうだな」
「今日も二人で一緒に帰ってたよね」
「ああ」
だからどうしたって言うんだろう。
二人が仲が良いってのは前からじゃん。
大体アタシは、ヤマギシとフタバをからかってるのが楽しいから・・・
「あ、あれ? おかしいな。センセーがぼやけて見え・・」
八千華は最後まで口にできなかった。
潤んだ瞳から涙が零れ落ちる前に、九鬼子が強引に八千華を抱き寄せていた。
九鬼子の胸に抱かれながら、自分が泣くのは終わってしまったからだと八千華は悟った。
終わった? 何が? 気付かなかったのか?
いや、気付いていたとは思う。アタシはヤマギシが大好きだって。
今頃になって、今頃になってようやく認めるなんて・・・
九鬼子の服の裾をギュッと掴むと、八千華は声をあげて泣き始めた。
職員室の自分の机に戻ると、九鬼子はふと思いついた様に机を物色しはじめた。
「あった、あった」
九鬼子の手には、いつかのストーカ−達の脚本があった。
「どうだい満足かい? お前達に言われなくても、あの娘はとっても可愛らしいじゃないか」
それから、九鬼子はまだ雪の降りつづける窓際へと歩を進めた。
職員室から校庭を見下ろす九鬼子の眼には、八千華が映っていた。
その八千華は、さっきの自分を吹き飛ばすように勢い良く校庭を走り抜けていった。