あら! ヤマギシとフタバじゃん」
道端で、思わずアタシは声を上げた。
フタバったら、アタシを見てロコツに嫌な顔をしてる。
随分とおめかしして。ふーん、これからデートなんだ。
「八千華は何してんだ?」
「何って、これから午後のお茶でもしようかなって」
「あ、そう。それじゃあね。行きましょう山岸君」
フタバは、強引にヤマギシの腕を引っ張って行ってしまった。
デートか・・・ふん、何さ! ヤマギシのバカ!
嬉しそうにデレデレしちゃって。
アタシの気持ちも知らないでさぁ。
せっかくマスターが煎れてくれたコーヒーなのに。
こんな気持ちじゃ、ちっとも美味しくないよぉ。
「元気ないね、八千華ちゃん」
ウェイトレスの那由子さんが、心配そうにアタシに声かけてくれる。
「うん、ちょっとね」
「どうしたの? いつも元気が魅力の八千華ちゃんじゃない」
那由子さんの優しい言葉が胸にくる。
・・・ポチャン。
「・・あ、あはは。せっかくのコーヒーが涙のブレンドになっちゃった」
笑ってる筈なのにどうして涙声なんだろう。
なんだか、よけいに悲しくなっちゃった。
お風呂上がりに、部屋の姿見の前に立ってみる。
ほら、笑ってごらんヤチカ。うん、アタシ可愛いじゃない。
ぱっちりとした目に、魅惑の唇。プロポーションだって抜群よ。
・・・でも、あのバカの視線はフタバに向かうんだろうな。
アタシはため息と共にベッドに倒れこんだ。
・・・明日、九段先生に相談してみようかな?・・・でも、笑われるかも。
ううん! 九段先生ならきっと、親身になって相談に乗ってくれる筈だわ。
いっぱい、いっぱいアドバイスを貰って、打倒フタバよ!
そうとなったら、早く寝よう。睡眠不足は乙女の大敵よ。
アタシは、転がるように夢の世界に落ちていった。
「な、な、なんじゃこりゃ〜〜〜!!」
400字詰め原稿用紙をブルブルと震わせながら、八千華が叫んだ。
場所は職員室。九鬼子の机の前で、八千華はプルプルと身悶えしている。
九鬼子は、吸い殻テンコ盛りの灰皿に、タバコを押し付け火を消した。
「今朝、学校に来たら私の机の上に置いてあったんだ。八千華宛てでな。
この間、山岸に取り憑いて成仏したストーカー達からの脚本だとさ」
「何で? 成仏したんでしょう? どうしてこんな脚本送ってくんのよ!」
「成仏しても、あの性はなかなか直らないって事だな。それにしても、凄い執念だなあ」
九鬼子がケラケラと笑う。
「センセ〜、笑ってる場合じゃないよぉ」
「大丈夫。これ送ったらもう思い残す事はないって、書き置きもあったから」
「本当に?」
「それより八千華。お前もこの脚本見習って、もうすこし女らしくしたらどうだ?」
「ハァ〜、九段先生にそんな事言われるなんて。アタシも落ちたもんだわ」
八千華がひょいと肩を竦める。
「なんだと〜」
「センセッ! チョークチョーク! ぐ、ぐるじい・・・」
一方。
校舎の外には、空に浮かんで職員室の様子を窺がっているストーカーの霊達。
彼らはヤレヤレと首をふると、天高く、高くへと昇っていった。